2017-06

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青森のカタリバ

青森にいます。
ここでは、2年前よりカタリバの手法を取り入れてくださり、県の重点事業として、地域の学生が地域の高校に訪問する活動がはじまりました。今日は弘前から車で30分ほどの田園の中にある高校、尾上総合高校に県内30名程の大学生が集まり、カタリバプログラムが実施されました。私は明日三沢温泉で行われる学会でパネリストを務める関係で青森に来たので、ちょっと早めに青森入りして、今日の現場を見学させていただきました。

高校生の声:「いま部活を頑張っているんだけど、進路のことは考えないようにしていた。でも今部活を頑張ること自体が、だんだん大人になることに意味があることなんだって、わかった」
大学生の声:「大学生活に目標もなにもなくて、自信がなくて、だらだらしていたときに、友達に誘われて参加した。単純に同世代の人が一生懸命やっていることに感動したし、自分のことを見つめる機会になった。今日で5回目の現場です」

ここには確実に、NPOカタリバと同じ息吹が、もしくはもっと普遍的な存在として、カタリバがありました。

ちなみに青森のカタリバは東京のカタリバ本部が直轄しているわけではなく、何度か見学や研修に来ていただいたり手法をそのまま使っていただいたりと多少のお手伝いしましたが、すべて教育委員会の方々がこの状態まで持ってきました。

青森県とのお付き合いは、2007年2月、一本のメールがきっかけでした。
ご本人に許可をいただいて、転載いたします。

****
こんにちは。初めてメールを差し上げます。青森の坂本徹と申します。現在は青森県教育委員会におりますが、もともとは高校の教師です。ふとしたきっかけでカタリバを知り、なんだか嬉しくなってメールを書いています。

6年前、ある高校に赴任した私は、強い疑問を感じました。進路指導があまりにずさんというか何というか…。だらだらと時間が流れる進路講演会。未整理資料の大量投与。形式的で中身のない個人面談。キャリアデザインなんか描けるわけがありません。しかもほとんどの教師が疑問に思わないということに愕然としました。

その高校での5年間、私はキャリア教育の重要性を説き、系統立ててキャリア教育を進めるプログラムづくりを手がけました。進路指導の直接担当ではなかったので、やりにくいことが多かったのですが、徐々に賛同者も増え、校長や教頭も理解を示すようになりました。様々な取組が実行に移され、その成果が徐々に出始めていますが、ひとつ、実現できなかったことがありました。
いわゆる「カタリバ」です。

大学生や社会人によるピュアカウンセリングの有効性は確信していました。
しかしながら、高校の卒業生を招聘したり、近隣の大学にお願いして学生を派遣してもらったりしましたが、うまくいきません。大学生側に「主体性」が無いから、形はカタリバと似ていても機能しないのです。ある程度は予想していましたが、やはり無理だったようです。

4月に教育委員会の生涯学習課に転勤となりました。大学にアプローチしやすいセクションです。私は千載一遇のチャンスと思い「仕掛け」に取り掛かかりました。半年をかけて生涯学習課内の理解を得ることに成功。「多様なベクトルによるピュアカウンセリング事業」という名称で、来年度、いくつかの大学の協力を得て試行するいうところまでこぎつけました。
ただ、組織も仕組みも机上プランですから、期待と同時に大きな不安も感じていました。

そんな折、昨年末に東京で行われたある研修でカタリバを知りました。東京都教育委員会との連携に主眼を置いた紹介でしたが、私は活動そのものに興味を持ちました。何より、資料に載っていた図に引き付けられました。私が周囲への説明用に作った図とそっくりだったからです。添付したのがそれです。カタリバを知る2ヶ月前に描いたものです。青森に戻ってからインターネットで検索し、カタリバのHPにたどり着きました。

驚きました。
なんと、私と同じ発想がそこにあったのです。しかも、既に具体化され、生き生きと活動している様子。そして進化を続けているらしい!設立趣意書をはじめ、紹介記事などもじっくり読ませていただきました。すばらしい!と思いました。エネルギーを感じました。そして嬉しくなりました。

青森版カタリバは、まだ生まれていません。でも、本家カタリバと出会ったことで、絶対に生まれてやろうとの気持ちを固めました。これから、誕生まで羽陽曲折があろうかと思います。先達としてご指導いただければ幸いです。

健康に留意してお過ごしください。遠く離れた青森から、本家カタリバの活躍を応援しています。

青森県教育庁生涯学習課 指導主事  坂本 徹

*****

この坂本氏の熱意から始まった事業、現在150名ほどの大学生が参加、12校の高校でカタリバを実施しています。150名、東京の3500名と比べると少なく見えますが、東京には大学生が60万人いるといわれています。大学生人口が1万5千人の青森県で150人のボランティアを集めること、これ
はただならぬこと。だって、普通に考えたら、行政職員のおじさんの呼びかけに、いまどきのワカモノが答えないですよ。なんだか面倒くさいって。

また、どこの地域でもカタリバを実施する際にネックになるのが、学校という『聖域』的な場所をまずは開いて、先生以外の人が学校に出入りするというこれまでなら非常識だったことをやってしまうという点。
民間の人たちの感覚だと、それの何が難しいのかと思われるかもしれませんが、これまで学校で「教える」のは先生の専売特許だったわけで、それを変えるのは、たいへんなことなのです。
しかし青森県では、2年しかたっていない今の時点で、実施希望をされる学校は増えているのにも関わらず、運営の関係で締め切らなければいけない状況。
カタリバははじめの2年間、授業の枠組みでの受注はゼロでした。私の訴求力のなさも、往々にして原因ではあったわけですが。

カタリバはNPOからはじめたから大変だった。青森は行政の人たちがやってるから楽にできる。
なんて、そんなことはぜんぜんなくて、行政だからこそ学校との関係に難しさがあるという側面も、忘れてはなりません。

坂本氏の後継者として現在のカタリバをプロデュースするご担当の秋田氏ともども、教育委員会の方々は、日々クリエイティブに戦略をデザインし、現場に足を運び先生に訴え、生徒と話し生徒にとって本当に意味のあることを追求し、学生に研修してスキルアップさせ、大学に呼びかけて学生募集を仕組み化し、予算を捻出しながら確実に改革を推進しています。

私には、彼らが青森県の学校教育のあり方とその文化を変えていっているように見えます。

文部科学省が中央で決めたことの範囲で仕事をするのではなく、現場で見える生徒のこれ以上ない笑顔や、プログラムに関わる大学生の成長を目前にして、青森教育委員会の方々は、仕事に境界線を設けるよりも前に、もっともっとこの地域で育つ高校生・大学生を良くしていくためにはどうしたらいいかを考えます。
そういう発想ができるのは、行政と学校、行政と地域、行政と子供たち、それぞれのコミュニケーションにリアリティがあるから、相手の顔が見えた政策が、生まれるのでしょう。中央官庁にいて国民の顔が見えないのは当然で、非常にバーチャルな関係。青森ですでに始まっているこのサイクル、これが分権社会になったときに地域の行政マンたちの仕事のあり方、なのかもしれません。

ちなみに他県ではどんなことが起こるのかというと、「大切なことだとわかっているけど、自分の権限ではできない」となります。いとも簡単に。
行政・高校・大学、みんなが縦割り社会の中でそれぞれの役割に線引きをしているように見える。
本来生徒のために何をすべきか、ではなく、役割範囲を優先しているのでしょう。このように、今の時点でもすでに出来ることがたくさんあるのにも関わらず、できることをやっていない。

今出来ることもやってないのに、政治がどうにかなって、予算の分権が始まっても、実際にそれを活用できる自治体がどれだけあるのか、疑問です。

さて、あと2日で総選挙。もうなんとなく結果は見えている今、選挙後の社会をあと数日青森の海の風に吹かれながら、考えてみたいと思います。
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この機会に改めて考えたい「地方分権」

地方分権の議論において私が一番の課題だと思うのは、予算を霞ヶ関が持つのか、各県が持つのか、という議論はほとんど意味がないという部分。権限を、どの権力者が持つのか、という議論だと、その権限を持つ行政母体をよっぽど身近に感じている人でなければ、結局政治家や議会にお任せになってしまうから、第2のミニ霞ヶ関が各地域の中に生産されることになって、それはそれで今と同じような利権政治がはじまってしまうのではないか、なんて、ちょっと消極的に私は思ってしまう。

大事なのは、政府を小さくすることによって、一般の生活者が施策にリアリティを感じられて、興味をもて、大なり小なり意思決定のプロセスに関わっていける社会になること。そのためにだったら、地域分権はやるべきだ。だけど、生活者側をそのスタンスにしていくための、学習プロセスについては、政治でもメディアでも議論されていない(少なくとも私が見ている限り)。

予算と企画権限を地方に委譲しても、市民自身が「考える」思考を持っていなければ、有効活用していけないんだから、見方によれば、中央でまとめて考えておろした方が、たとえば印刷物にしてもスケールメリットがとれるわけで、予算的な効率さにもつながるのかもしれない。

たとえば、自治体によるかもだけど、私の出身の岐阜県で考えてみると、権限が国から県に委譲されても、高山市の市民にとっては実は「県」ってすごく遠くて、大きな存在だったりする。高山市から見た霞ヶ関って、どうもバーチャルな存在で、リアリティがないんだけど、それは実は岐阜県庁であっても、遠くて大きな存在で、一市民からみた霞ヶ関と岐阜県庁の違いは、実は誤差のレベルなんだよね。
じゃあ、県から市町村へ、県内分権が行われても、果たして高山市に住む、父や母や親戚や友人たちは、自分事として、施策を考えるだろうか・・。中野区に住みながら、中野区に対してまったくコミットしていない私だからこそ、まだそこに、自信がない。

社会のすべての概念において「中央」が大きいのではなく「個々」の力が強い社会にすべきだと、私は思っているので、「分権」という言葉は大好きだけど、どうしても、分権後の市民力に、まだ自信が持てない。政治も行政も、やっぱりまだ、遠すぎる。今回の選挙でかなり変わってきているのかなとは感じるけど。

すでに教育業界ではじまっている「分権論」でいうと、学校運営を教育委員会から、地域の人による学校理事会に委譲されたコミュニティスクールの施策は、中央から市民へ、の、分権社会の最先端をきっている。ただ、枠組みとしてのコミュニティスクールはすすんでいるけど、どこの地域でもできるわけではない。学校理事会を作ろうとしても、作れない地域もあって、それは、地域にコミットする個人が見つからないから。また、見つかったとしても、もちろん何がプロか、という話もあるけど、普通のお父さんお母さんに、プロフェッショナルな観点を求めても、難しいんだろう。クレームとコミットの違いは、そこか。

ただ、卵と鶏の関係。だから、まずは権限を委譲したら、地域と個人が学習して、ゆっくりかわっていくんだとは思う。
まずはそのきっかけとして、みんながみんな、橋下さんの音頭に乗って、分権分権言っているのは、いいことなんだろうなあ。


*****

そんなもやもやを考えながら、カタリバで8月9日、カタリバ大学、「地方分権」についてみんなで考えます。たくさんの人と一緒に議論したいから、学生無料にしました。

ちなみに、今回ゲストできていただく露木さんは、神奈川県開成町という神奈川県内最小面積で、そこの町長をされながらも、内閣府で地方分権改革推進委員会メンバーとして国レベルで分権ビジョンの委員。
まさに「学習する生活者作り」を露木さんは首長として実践されている。
先日露木さんからこんな話を聞いた。

中央が決めて自治体におろされた予算案の中で、彼が描く教育予算がどうしても足らなかった。足らない財源を確保するには、別の予算から付け替える必要がある。そこで、シニア世代のために計上されている予算を付け替えられないものかと考えた。
露木さんなら予算の付け替えを議会に通す権限をお持ちなわけだから、議会と議論すれば変更可能なんだろうけど、彼がした行動は・・・
まずはシニア世代をみんな集めて話し合う。
「本来は国から、皆さんのためのこの予算とこの予算が降りてきています。 でも、開成町の子どもたちのために、みなさんのための予算を使わせていただけませんか」
住民たちに、背景とその想いと計画を説明する。何度も何度も、説明する。
もちろん異論反論でた。「楽しみにしているゲートボールの大会、減っちゃうじゃないか」とかね。
そんなの出て当然だと彼は言っていた。そこで大事なのは熟議の民主主義。話し合うことが大切だ、って。話し合う中で、みんなの意見が決まっていく。
逆に、地域のことについて話し合いの場もなければ、永遠に社会システムにコミットしていく人は育たない。

各党が掲げる地方分権案がすすんだとき、キャッチコピーとしての「地域分権」は、いいとして、生活者がどう政治・行政の予算案・施策に、興味を持てるか、意見をもてるか、そんな生活者を醸成しよう。先に枠組みが決まっても、一般の人たちには遠いままの話になってしまう。それじゃ意味がない。

Think Globally,Act Locally

そんな露木さんと、コミュニティスクールという施策で実は早々に教育分野で地方分権を進めた寺脇研さんと、今回の選挙と向かい合う上で必要な「地方分権論」をみんなで考えていけたらと思います。


下記、ご一読いただき、タイミングが合えば、ぜひともご参加ご検討ください。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
  カタリバ大学第6講「地方分権」 http://www.katariba.net/k-univ
2009/08/09(日) 13:30- by NPOカタリバ
         申し込みはこちら!>>http://tinyurl.com/ct2ycc
◆………………………‥‥‥‥‥‥・・・・‥‥‥‥‥‥………………………◆

Home Island Project で感じた原点。

Home Island Project 通称HIP http://www.hipj.net/

昨日、このプロジェクトの方々の飲み会に参加。

代表の伊藤智子さんは、私が大学1年生のときの4年生の先輩。トモさんと呼んでいます。
当時、しょてっぱち、というバンドでひととようさんと一緒に、絶大な歌唱力で藤沢駅やSFCで唄っていらっしゃった光景は、今でも忘れられない。その効果や、カラオケが苦手な私ですら、彼らが所属するアカペラサークルに加入したくなるほど。腹式呼吸の練習が面倒になってやめてしまったけど。
なにはともあれ、彼女は私にとって、入学当時の私にとって、「広い社会」の香ばしいにおいを感じさせる、素敵な先輩でした。
知らない世界に通じているゲートウェイ的な香り。それは感じたことがある人はわかるだろうかと思います。
彼女は決して、聡明さを前面に出しません。出しているとすれば、愛らしさと、誰でも受け入れて応援してくれる包容力。嘘がないその魅力は、あまりに圧倒的で、うらやましいとさえ思えない。

だから、先日、ひょんなところで連絡をしてきてくださった彼女が今回立ち上げたというHIPというプロジェクトの話には、お互いに10年間の時間が経った今でも、内容はともかく、彼女の人間性を持って、応援したいと思わざるを得ない、素敵な世界だと感じたのだと思う。

きっと、トモさんに対してそんな感情を持つ人はたくさんいるはずで、それは個人に対してのみならず、企業に対する営業力にもつながっている、プロジェクト紹介のPPTを見せられながら、そう感じました。

内容は、東京に出てきている四国出身者たちが中心に、四国でがんばっている人たちと手を取りながら、四国を盛り上げる活動を、クリエイティビティあふれる多彩なプロジェクトで展開する、そんな感じです。

たとえば・・「農と言える四国」。テーマから食指が動きます。
四国の農家の方々が、プライドを持って生産されている農作物を、都会の業者とマッチングし、リブランディングしながら、販路開拓や商品開発を行います。

この間終わったばかりのプロジェクトですが、「Youturn」。地方に帰って働くことのかっこよさを伝えるイベント。就職活動の中に地域で働くことを、電通やテレビ局の入社試験を受けるのと同じくらいのレベルで一般的に検討する時代が近い将来来るんだろうなと感じさせられる、時代先取りの予言的なイベントだと私は感じました。

はたまた・・いま参加者募集中のプロジェクト、HIPあいのりバス
デザイナーがHIPをイメージしたバスデザインをコンペで戦いながら、バスをデザイン。JALツアーズ協賛のもと、そのバスに乗れば無料で四国に旅立てる画期的なバス。もちろんバスで寝食ともにするわけだから・・カップルくらいできるだろうと、いうことで、あいのり、だそうで。
4月28日22時東京出発で、名古屋・大阪を経由しながら、人を各地でつめこんで、4月30日早朝に、四国の各県に到着します。私も行きたい。

そして・・きのう新たに立ちあがったのが・・・HIP×カタリバ、ということで、四国でカタリバプロジェクト。
そこにいた大学生の尼寺くんが、自分もHIPで出会ったような大人に高校生のときに出会いたかった、という熱弁を聞かせてくれた矢先に、じゃあ、4月のHIPバス、利用者のほぼ多くは四国関係者でしょうということで、それだけたくさんの素敵な四国人が四国に帰るならば・・このタイミングがいいじゃん、と、さすがの機動力で立ち上がりました。
私も、このバスでやろうよと言った瞬間に、あーもうちょっと時間があったらなーなんて同時に後悔してみたのですが、そんなこと、もう言えないみんなの勢い。もう今月中に、四国カタリバ第一弾が立ち上がります。

人と出会うことが私の仕事かのような、出会い過多な私にとって、出会いはインフレ状態。そんな私にとって今回の出会いは、トモさんはそうだけど、髭の真鍋さんやみなさんに対して、運命を久々に感じさせられたのでした。感謝。
そうだ、今年は、人生2回目の四国に必ずや上陸しよう。



本質的には、すごいだとか、素敵だとか、そんなこと思っていてもしょうがなくて、飛騨高山出身の私には、飛騨高山を、そんな場所にすることこそが、仕事なんだろうなあと、改めておもいつつ・・
まずはゴールデンウィークの母校カタリバからだなと、思いなおしてみたりもしたりしてみた、昨日でした。

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プロフィール

kumimamura

Author:kumimamura
今村久美
▼特定非営利活動法人
 NPOカタリバ代表理事
▼コラボスクール
 女川向学館・大槌臨学舎校長
▼高円寺・中野・女川町・大槌町 を行き来する毎日。
 校長と呼ばれることが
 まだムズカユイですが、
 名前についていけるように
 がんばります。
▼このブログは、私が好きな
 ように使う個人ブログです。
 NPOカタリバ公式発信では
 ないことをご了承ください。

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