2009-08

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青森のカタリバ

青森にいます。
ここでは、2年前よりカタリバの手法を取り入れてくださり、県の重点事業として、地域の学生が地域の高校に訪問する活動がはじまりました。今日は弘前から車で30分ほどの田園の中にある高校、尾上総合高校に県内30名程の大学生が集まり、カタリバプログラムが実施されました。私は明日三沢温泉で行われる学会でパネリストを務める関係で青森に来たので、ちょっと早めに青森入りして、今日の現場を見学させていただきました。

高校生の声:「いま部活を頑張っているんだけど、進路のことは考えないようにしていた。でも今部活を頑張ること自体が、だんだん大人になることに意味があることなんだって、わかった」
大学生の声:「大学生活に目標もなにもなくて、自信がなくて、だらだらしていたときに、友達に誘われて参加した。単純に同世代の人が一生懸命やっていることに感動したし、自分のことを見つめる機会になった。今日で5回目の現場です」

ここには確実に、NPOカタリバと同じ息吹が、もしくはもっと普遍的な存在として、カタリバがありました。

ちなみに青森のカタリバは東京のカタリバ本部が直轄しているわけではなく、何度か見学や研修に来ていただいたり手法をそのまま使っていただいたりと多少のお手伝いしましたが、すべて教育委員会の方々がこの状態まで持ってきました。

青森県とのお付き合いは、2007年2月、一本のメールがきっかけでした。
ご本人に許可をいただいて、転載いたします。

****
こんにちは。初めてメールを差し上げます。青森の坂本徹と申します。現在は青森県教育委員会におりますが、もともとは高校の教師です。ふとしたきっかけでカタリバを知り、なんだか嬉しくなってメールを書いています。

6年前、ある高校に赴任した私は、強い疑問を感じました。進路指導があまりにずさんというか何というか…。だらだらと時間が流れる進路講演会。未整理資料の大量投与。形式的で中身のない個人面談。キャリアデザインなんか描けるわけがありません。しかもほとんどの教師が疑問に思わないということに愕然としました。

その高校での5年間、私はキャリア教育の重要性を説き、系統立ててキャリア教育を進めるプログラムづくりを手がけました。進路指導の直接担当ではなかったので、やりにくいことが多かったのですが、徐々に賛同者も増え、校長や教頭も理解を示すようになりました。様々な取組が実行に移され、その成果が徐々に出始めていますが、ひとつ、実現できなかったことがありました。
いわゆる「カタリバ」です。

大学生や社会人によるピュアカウンセリングの有効性は確信していました。
しかしながら、高校の卒業生を招聘したり、近隣の大学にお願いして学生を派遣してもらったりしましたが、うまくいきません。大学生側に「主体性」が無いから、形はカタリバと似ていても機能しないのです。ある程度は予想していましたが、やはり無理だったようです。

4月に教育委員会の生涯学習課に転勤となりました。大学にアプローチしやすいセクションです。私は千載一遇のチャンスと思い「仕掛け」に取り掛かかりました。半年をかけて生涯学習課内の理解を得ることに成功。「多様なベクトルによるピュアカウンセリング事業」という名称で、来年度、いくつかの大学の協力を得て試行するいうところまでこぎつけました。
ただ、組織も仕組みも机上プランですから、期待と同時に大きな不安も感じていました。

そんな折、昨年末に東京で行われたある研修でカタリバを知りました。東京都教育委員会との連携に主眼を置いた紹介でしたが、私は活動そのものに興味を持ちました。何より、資料に載っていた図に引き付けられました。私が周囲への説明用に作った図とそっくりだったからです。添付したのがそれです。カタリバを知る2ヶ月前に描いたものです。青森に戻ってからインターネットで検索し、カタリバのHPにたどり着きました。

驚きました。
なんと、私と同じ発想がそこにあったのです。しかも、既に具体化され、生き生きと活動している様子。そして進化を続けているらしい!設立趣意書をはじめ、紹介記事などもじっくり読ませていただきました。すばらしい!と思いました。エネルギーを感じました。そして嬉しくなりました。

青森版カタリバは、まだ生まれていません。でも、本家カタリバと出会ったことで、絶対に生まれてやろうとの気持ちを固めました。これから、誕生まで羽陽曲折があろうかと思います。先達としてご指導いただければ幸いです。

健康に留意してお過ごしください。遠く離れた青森から、本家カタリバの活躍を応援しています。

青森県教育庁生涯学習課 指導主事  坂本 徹

*****

この坂本氏の熱意から始まった事業、現在150名ほどの大学生が参加、12校の高校でカタリバを実施しています。150名、東京の3500名と比べると少なく見えますが、東京には大学生が60万人いるといわれています。大学生人口が1万5千人の青森県で150人のボランティアを集めること、これ
はただならぬこと。だって、普通に考えたら、行政職員のおじさんの呼びかけに、いまどきのワカモノが答えないですよ。なんだか面倒くさいって。

また、どこの地域でもカタリバを実施する際にネックになるのが、学校という『聖域』的な場所をまずは開いて、先生以外の人が学校に出入りするというこれまでなら非常識だったことをやってしまうという点。
民間の人たちの感覚だと、それの何が難しいのかと思われるかもしれませんが、これまで学校で「教える」のは先生の専売特許だったわけで、それを変えるのは、たいへんなことなのです。
しかし青森県では、2年しかたっていない今の時点で、実施希望をされる学校は増えているのにも関わらず、運営の関係で締め切らなければいけない状況。
カタリバははじめの2年間、授業の枠組みでの受注はゼロでした。私の訴求力のなさも、往々にして原因ではあったわけですが。

カタリバはNPOからはじめたから大変だった。青森は行政の人たちがやってるから楽にできる。
なんて、そんなことはぜんぜんなくて、行政だからこそ学校との関係に難しさがあるという側面も、忘れてはなりません。

坂本氏の後継者として現在のカタリバをプロデュースするご担当の秋田氏ともども、教育委員会の方々は、日々クリエイティブに戦略をデザインし、現場に足を運び先生に訴え、生徒と話し生徒にとって本当に意味のあることを追求し、学生に研修してスキルアップさせ、大学に呼びかけて学生募集を仕組み化し、予算を捻出しながら確実に改革を推進しています。

私には、彼らが青森県の学校教育のあり方とその文化を変えていっているように見えます。

文部科学省が中央で決めたことの範囲で仕事をするのではなく、現場で見える生徒のこれ以上ない笑顔や、プログラムに関わる大学生の成長を目前にして、青森教育委員会の方々は、仕事に境界線を設けるよりも前に、もっともっとこの地域で育つ高校生・大学生を良くしていくためにはどうしたらいいかを考えます。
そういう発想ができるのは、行政と学校、行政と地域、行政と子供たち、それぞれのコミュニケーションにリアリティがあるから、相手の顔が見えた政策が、生まれるのでしょう。中央官庁にいて国民の顔が見えないのは当然で、非常にバーチャルな関係。青森ですでに始まっているこのサイクル、これが分権社会になったときに地域の行政マンたちの仕事のあり方、なのかもしれません。

ちなみに他県ではどんなことが起こるのかというと、「大切なことだとわかっているけど、自分の権限ではできない」となります。いとも簡単に。
行政・高校・大学、みんなが縦割り社会の中でそれぞれの役割に線引きをしているように見える。
本来生徒のために何をすべきか、ではなく、役割範囲を優先しているのでしょう。このように、今の時点でもすでに出来ることがたくさんあるのにも関わらず、できることをやっていない。

今出来ることもやってないのに、政治がどうにかなって、予算の分権が始まっても、実際にそれを活用できる自治体がどれだけあるのか、疑問です。

さて、あと2日で総選挙。もうなんとなく結果は見えている今、選挙後の社会をあと数日青森の海の風に吹かれながら、考えてみたいと思います。
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TIMEを翻訳していただきました (secky&波多野さん ありがとう)

せっきー翻訳の部分に、波多野さんが翻訳してくださった部分を前半に組み込みました。
せっきー、波多野さん、ありがとうございます。

翻訳をみて、メディアの強さと怖さを改めて感じました。
記事を見た、様々なお久しぶりの方々からご連絡をいただきます。
さすが美人記者のcocoさん、ありがとうございました。
ただ、私は政治家を紹介するためにカタリバを立ち上げたわけでは、もちろんないです。
対話の難しさ、ですね

*****

日本の若者による新しい社会活動

西東京の質素な家は日本の社会運動の発信地には見えないかもしれない。
しかし、この小さな家の畳の上では、熱心な学生の集団が、冷えたお茶を飲みながらラップトップをたたき、5,000人にのぼるボランティアの全国ネットワークを通して静かに変革を生み出している。
「共有の場」を意味する「カタリバ」のミッションは、日本人の若者に、社会の中に彼らの居場所があること、そして政治的に声をあげることが必要であることを教えることだ。
「これは小さなステップにすぎません」
政治に関わる、そしてその他のあらゆるロールモデルを若者に紹介するワークショップを公立高校で運営する今村久美(29)は言う。
「あなたが、自らそのステップを前進させる必要があります」

更なる一歩は8月30日に起こる可能性がある。与党自民党(LDP)と野党(第1党)民主党(DPJ)が戦う衆議院選挙が行われる日だ。通常であれば、事実上自民党が過去54年間政権にあり続けた国においては、結果は自明のものであると予想される。しかし、山積する多様な経済的・社会的問題から高まる危機感を受け、今回の選挙ではおそらく民主党党首鳩山由紀夫が現職麻生太郎首相に代わるだろう。最近の2回の世論調査によれば、民主党を支持すると答えた回答者が全国で自民党支
持者の数より約15%も多いという結果が出た。「初めて本当の選挙が始まったように感じる」と、.JP(ドット・ジェイピー、大学生が日本人の政治家の下でインターンシップを行うことを支援する非営利団体)を立ちあげた佐藤大吾氏(35)は言う。

次の政府の最重要課題は、まさに国をリセットすることだ。 日本は世界でも最も急速に高齢化している国である--現在から2050年までに、日本の人口は25%縮小し、9500万人になると予想される。そのうち約半分が60歳以上となるのである。
さらに恐ろしいことには、現在高齢者比率の増加の負担を負わなければならない若年層は、既に社会の隅に追いやられている(非主流化されている)と感じている。前の世代が享受していた終身雇用はもはや保証されず、会社が人員削減を行うとき、若者は真っ先に仕事を失うことになる。
また、彼らはGDPの約200%にも上る国の借金を相続することになる。多くの若い日本人が、トンネルを出たところには、よくいわれる希望の光ではなく、接近する新幹線の光が迫っていると心配するのも無理はない。家族に優しい政治、社会的セーフティ・ネット、未来への展望とビジョンといった若者のニーズに日本が取り組まないのであれば、 失われた10年と呼ばれる日本の1990年代の経済破綻の時期のように、完全なロスト・ジェネレーションを生じさせるかもしれません。

日本の若者はまさに自国の破綻した政策の負担に直面しながら、多くは未来のための場を開拓するより選択肢はないときづきはじめている。 従来の雇用機会が縮小する中、多くの若年層がボランティア活動に目を向け、そして若者主導のNGOの数は急増している。 他のものは、30歳以下の若者に彼らの投票は重要であると納得させようとしている。
小さくとも大きくとも様々な方法で、自身の人生を変え、それによって恐らく日本社会全体を変革しようとしている、5人の日本人の若者が、ここにいる。


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活動家

今村久美(29)
2001年、今村は非営利で政治家を高校に連れて行き生徒と引き合わせるためにカタリバを設立した。昨年は100余のイベントを支援した。

政治の世界と普通の生活の間のはっきりとした隔たりに今村久美は身を投じた。日本の若者の声が行政にどれだけ届かないか知りたければ、今村が8年前に設立したカタリバの歴史を紐解くのが一番よい。今村が作ることを決意した場、それは若者達が将来への希望を明確に表現できる可能性を秘めた場である。
そこでは高校の卒業生達が母校に帰り、地域で活躍している人々を呼び生徒のモチベーションをあげる事ができるイベントを提案する。
彼女の最初の2年間での営業活動では、2つの学校が活動に同意しただけだった。今村の活動は他の多くの民主主義国家ではごく普通の市民活動であるにもかかわらずである。しかし、今日、このような活動を求める学生の声に後押しされ、カタリ場は全国283の高等学校で463回開催されている。

一般的に、今村の活動は政治的なものと解釈される。しかし、彼女の世代によく見られるように、彼女は政治という言葉に対し慎重な姿勢を持っている。
そして政治という言葉の変わりに今村はカタリバを教育機関だと説明する事を好む。

今村は故郷である岐阜県(おだやかでしっかりとしたカンザス州の日本版のような県)から東京近郊の有名な慶應義塾大学のキャンパスに出てきたとき、彼女の友人の多くが上の世代を駆り立てた拝金主義に染まっていない事に勇気付けられた。

「最近の子供立ちは社会に興味を持っているのです。」彼女は言う。
「しかし、子供と政治の間には架け橋がないのです。」

TIME誌に載りました

TIME誌に載りました。

総選挙前に若者の意見を聞きたい、という程度の取材依頼で、小さなコラムになるのかとおもっていたので、送っていただいた紙面を手にして自分が表紙になっていたことに、驚嘆。恥ずかしすぎるなあ。
http://www.time.com/time/magazine

とりあえず・・実家の仏壇に飾ってもらうことに。

夫に夫の友人から、「お前の奥さん、どうしちゃったの?」という問い合わせが来て気づいたのですが、新宿南口の紀伊国屋洋書コーナー近くのレジに、ポスターになっているそうで・・。
とりあえず日常から、もうちょっと痩せておくべきでした。ごめんよ、カタリバの皆さん。

このページと、http://www.time.com/time/specials/packages/article/0,28804,1917631_1917629_1917623,00.html
このページで、http://www.time.com/time/specials/packages/article/0,28804,1917631_1917629_1917626,00.html
記事としてとりあげられました。

カメラマンのアンドレアス氏が、「Don't smile!」というので、必死に笑いをこらえて3時間撮影に耐えたらこんな仕上がりになりました。
time表紙
みんなでtime

私の表紙も中途半端な顔していて十分面白いですが、どこから突っ込みを入れたらいいのかわからない・・、この写真。にらみつけろ、手を柱に上げて、斜め45度で振り向いて、などなどアンドレアスのオーダーにだんだん慣れてきたころの瞬間なのだと思います。まずはかっこよすぎの優花と鶴ちゃんの顔に爆笑してください。稲葉が黒いままで、あおちゃんともりーに影がかかっているのも、アーティスティックなセンスなのでしょうか・・。

英語がわからないのでエキサイト翻訳で訳してみるとこんな・・かんじです・・・・・・・・。

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西東京のお粗末な家は日本の社会運動の出生地のように見えないかもしれません。 しかし、畳のこの人口過密地域では、熱心な学生のクラスタは、彼らのラップトップで座って、冷たいお茶をちびちび飲んで、それらの5,000人のボランティアの全国中継を通して静かに効果があります。 グループが知られているように、「共有の場所」を意味して、Kataribaの任務は、彼らが社会と#8212の位置を占めることを若い日本人に教えることになっています。 そして、彼らは、彼らの政治上の声を使用する必要があります。 「それは小さいステップにすぎません。」と、政治上の、そして、そうでない、手本を若者に紹介するために公立高でワークショップを走らせる29歳のクミ今村は、言います。 しかし、「あなたが、自分でその前進を取る必要がある、」
******

エキサイト翻訳って、ほんとエキサイトしてますね。

この機会に改めて考えたい「地方分権」

地方分権の議論において私が一番の課題だと思うのは、予算を霞ヶ関が持つのか、各県が持つのか、という議論はほとんど意味がないという部分。権限を、どの権力者が持つのか、という議論だと、その権限を持つ行政母体をよっぽど身近に感じている人でなければ、結局政治家や議会にお任せになってしまうから、第2のミニ霞ヶ関が各地域の中に生産されることになって、それはそれで今と同じような利権政治がはじまってしまうのではないか、なんて、ちょっと消極的に私は思ってしまう。

大事なのは、政府を小さくすることによって、一般の生活者が施策にリアリティを感じられて、興味をもて、大なり小なり意思決定のプロセスに関わっていける社会になること。そのためにだったら、地域分権はやるべきだ。だけど、生活者側をそのスタンスにしていくための、学習プロセスについては、政治でもメディアでも議論されていない(少なくとも私が見ている限り)。

予算と企画権限を地方に委譲しても、市民自身が「考える」思考を持っていなければ、有効活用していけないんだから、見方によれば、中央でまとめて考えておろした方が、たとえば印刷物にしてもスケールメリットがとれるわけで、予算的な効率さにもつながるのかもしれない。

たとえば、自治体によるかもだけど、私の出身の岐阜県で考えてみると、権限が国から県に委譲されても、高山市の市民にとっては実は「県」ってすごく遠くて、大きな存在だったりする。高山市から見た霞ヶ関って、どうもバーチャルな存在で、リアリティがないんだけど、それは実は岐阜県庁であっても、遠くて大きな存在で、一市民からみた霞ヶ関と岐阜県庁の違いは、実は誤差のレベルなんだよね。
じゃあ、県から市町村へ、県内分権が行われても、果たして高山市に住む、父や母や親戚や友人たちは、自分事として、施策を考えるだろうか・・。中野区に住みながら、中野区に対してまったくコミットしていない私だからこそ、まだそこに、自信がない。

社会のすべての概念において「中央」が大きいのではなく「個々」の力が強い社会にすべきだと、私は思っているので、「分権」という言葉は大好きだけど、どうしても、分権後の市民力に、まだ自信が持てない。政治も行政も、やっぱりまだ、遠すぎる。今回の選挙でかなり変わってきているのかなとは感じるけど。

すでに教育業界ではじまっている「分権論」でいうと、学校運営を教育委員会から、地域の人による学校理事会に委譲されたコミュニティスクールの施策は、中央から市民へ、の、分権社会の最先端をきっている。ただ、枠組みとしてのコミュニティスクールはすすんでいるけど、どこの地域でもできるわけではない。学校理事会を作ろうとしても、作れない地域もあって、それは、地域にコミットする個人が見つからないから。また、見つかったとしても、もちろん何がプロか、という話もあるけど、普通のお父さんお母さんに、プロフェッショナルな観点を求めても、難しいんだろう。クレームとコミットの違いは、そこか。

ただ、卵と鶏の関係。だから、まずは権限を委譲したら、地域と個人が学習して、ゆっくりかわっていくんだとは思う。
まずはそのきっかけとして、みんながみんな、橋下さんの音頭に乗って、分権分権言っているのは、いいことなんだろうなあ。


*****

そんなもやもやを考えながら、カタリバで8月9日、カタリバ大学、「地方分権」についてみんなで考えます。たくさんの人と一緒に議論したいから、学生無料にしました。

ちなみに、今回ゲストできていただく露木さんは、神奈川県開成町という神奈川県内最小面積で、そこの町長をされながらも、内閣府で地方分権改革推進委員会メンバーとして国レベルで分権ビジョンの委員。
まさに「学習する生活者作り」を露木さんは首長として実践されている。
先日露木さんからこんな話を聞いた。

中央が決めて自治体におろされた予算案の中で、彼が描く教育予算がどうしても足らなかった。足らない財源を確保するには、別の予算から付け替える必要がある。そこで、シニア世代のために計上されている予算を付け替えられないものかと考えた。
露木さんなら予算の付け替えを議会に通す権限をお持ちなわけだから、議会と議論すれば変更可能なんだろうけど、彼がした行動は・・・
まずはシニア世代をみんな集めて話し合う。
「本来は国から、皆さんのためのこの予算とこの予算が降りてきています。 でも、開成町の子どもたちのために、みなさんのための予算を使わせていただけませんか」
住民たちに、背景とその想いと計画を説明する。何度も何度も、説明する。
もちろん異論反論でた。「楽しみにしているゲートボールの大会、減っちゃうじゃないか」とかね。
そんなの出て当然だと彼は言っていた。そこで大事なのは熟議の民主主義。話し合うことが大切だ、って。話し合う中で、みんなの意見が決まっていく。
逆に、地域のことについて話し合いの場もなければ、永遠に社会システムにコミットしていく人は育たない。

各党が掲げる地方分権案がすすんだとき、キャッチコピーとしての「地域分権」は、いいとして、生活者がどう政治・行政の予算案・施策に、興味を持てるか、意見をもてるか、そんな生活者を醸成しよう。先に枠組みが決まっても、一般の人たちには遠いままの話になってしまう。それじゃ意味がない。

Think Globally,Act Locally

そんな露木さんと、コミュニティスクールという施策で実は早々に教育分野で地方分権を進めた寺脇研さんと、今回の選挙と向かい合う上で必要な「地方分権論」をみんなで考えていけたらと思います。


下記、ご一読いただき、タイミングが合えば、ぜひともご参加ご検討ください。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
  カタリバ大学第6講「地方分権」 http://www.katariba.net/k-univ
2009/08/09(日) 13:30- by NPOカタリバ
         申し込みはこちら!>>http://tinyurl.com/ct2ycc
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プロフィール

kumimamura

Author:kumimamura
今村久美
▼特定非営利活動法人
 NPOカタリバ代表理事
▼コラボスクール
 女川向学館・大槌臨学舎校長
▼高円寺・中野・女川町・大槌町 を行き来する毎日。
 校長と呼ばれることが
 まだムズカユイですが、
 名前についていけるように
 がんばります。
▼このブログは、私が好きな
 ように使う個人ブログです。
 NPOカタリバ公式発信では
 ないことをご了承ください。

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